東京の軸が東に動き始めている
- 2018/9/28
- ニュース
東京の軸が東に動き始めている。2018年に都心で完成する大型オフィスの7割以上は東京駅や大手町駅の周辺に集中し、見事な「東高西低」。鉄道の主要35路線の沿線力総合ランキングでもその傾向が鮮明となっている。
■マーケットは東京駅と大手町駅へのアクセスを評価
「マンション銀座、浦和」――。JR浦和駅周辺が賑わっている。17年以降、浦和駅から徒歩10分の付近で建設された、または建設予定のマンションは主要なもだけでも10棟ある。住友不動産や野村不動産などの大手ディベロッパーが手掛ける物件だけで約800戸を上回るという。マンションデベが押し寄せてきているのだ。
なぜ浦和なのか?。理由は東京駅までの時間距離だ。乗り換えなしの直結で約30分。この利便性の高さがものを言った。独身や購買力のある夫婦共働き(パワーカップル)の世帯には「駅までの距離と電車に乗ってからの移動時間。これがすべて」(あるマンションアナリスト)。
不動産調査会社のトータルブレイン(東京・港)がまとめた鉄道の沿線力総合ランキングでは、東京駅への直結力が高い路線の評価が高かった。首位の京浜東北線と2位の東海道本線はいずれも横浜方面に東京駅に直結しているし、3位の東西線もオフィス街、大手町に直接乗り込むアクセスの良さが強みになった。
ブランド力が高く、これまで人気があるとされてきた東急田園都市線は6位とやや評価が低い。1980年代に大ヒットしたテレビドラマ「金曜日の妻たちへ」の舞台ともなった「デント」は憧れの都市生活の象徴だった。渋谷駅までは近いが、現在の東京の軸である東京駅や大手町駅まで時間がかかることで評価を下がった。東へのアクセスの良しあしが路線の評価を大きく左右する時代に突入したのだ。
オフィスの開発状況でもそれは明らかだ。森ビルの調査では18年はオフィス大量供給の年。「18年問題」とも言われており、23区内の大規模オフィス(1物件あたり1万平方メートル以上)の供給量は146万平方メートル。17年実績の約2倍に急増する見通しだ。実にその7割が東京・大手町エリアで占める。
「オフィスが集中する丸の内エリアなら午前中だけで3件のアポイントがこなせる。東京、丸の内でないと仕事にならない」と40代のビジネスマン。オフィスの集積は次の集積を呼び寄せ、どんどん軸が東へ東へと移る。三鬼商事のデータによると1994年、千代田区の大型オフィスの供給量は新宿区の4分の1以下だったが、この時の「西高東低」と比べると隔世の感がある。
■城東エリアでマンション供給増
職場が東ならマンションも東に直結する路線の沿線に集中する。
14年から首都圏の新築マンションの年間供給戸数でトップを走る住友不動産。同社が1991年から2000年までの10年間で墨田区や江東区、台東区などのいわゆる城東エリアで供給した戸数は総供給戸数(首都圏)の13.4%。01年から10年までの10年間は13.1%だった。それが11年から18年3月には23.5%まで伸びている。
91~00年の総供給が約1万5千五百戸。11~18年3月はその5倍の約7万6000戸だから、城東エリアでの展開が急成長を支えたと言える。軸は東に移りつつある。
このエリアでは路線沿いのマンションの分譲価格も急騰している。00~05年の平均価格から比べた17~18年の上昇率は北千住駅周辺(駅から徒歩10分圏内)が91%、両国駅が77%、日暮里が56%に達した。それまで人気が高かった世田谷区や杉並区などの「城西エリア」は大半が20~30%程度にとどまった。
軸が動いていることで、「これまでの常識が当てはまらない」。大京の営業二部で単身者向けのマンションシリーズ「ミレス」を担当するプロジェクトリーダーは語る。契約者のリストを見て驚いた。
通常、契約者の70%は物件の徒歩2キロ圏内の居住者である。集客時は徒歩2キロ圏内でチラシをまく。「近いところの人から売る」というのが鉄則だ。ところが台東区で7月に発売した「ライオンズ東京三ノ輪ミレス」(25平方メートルタイプ)の契約者は物件のある台東区も隣の荒川区もゼロだった。
購入者がこだわっていたのは「東京駅までの時間」だった。東京三ノ輪ミレスは上野駅で日比谷線からJRに乗り換えて東京駅まで9分というアクセスの良さ。「この利便性が最大の決め手だった」。台東区に地縁・血縁がない人が利便性が良いからという理由でどんどん買っていった。
東西線の西葛西駅。駅を出るとカレー店がやたらに目につく。実はここはインド人3千人が住む「リトル・インディア」。日本に住むインド国籍を持つ人の実に約1割がこの街に集っているのだ。カレー店が多いのはそのためだ。
外国人への賃貸保証サービスを手がけるグローバルトラストネットワークス(東京・豊島)の営業部マネジャーによると「最大の理由はIT(情報技術)」。西葛西は大手町や東京証券取引所がある茅場町まで1本。情報システムの開発に携わるインド人の職場である大企業や金融機関が多い。その東西線は沿線力ランキングで3位だ。
1964年の東京五輪では道路や鉄道などの社会インフラの整備が進み東京はいったん郊外に向けて膨張した。しかし2020年は「コンパクト五輪」が売り。都市は再び収縮を始めた。東京の東を起点にオフィスや商業施設、マンションなど都市の機能がその磁力に吸い寄せられているのである。
■「複々線化でかえって面倒」
小田急電鉄は今年3月、長期の複々線工事がついに完成した。
「とても面倒になった」。小田急電鉄の小田急永山駅(東京都多摩市)から東京・大手町まで通勤している50代の男性はこう嘆く。3月から小田原線の登戸(川崎市)から代々木上原間(東京・渋谷)で複々線の供用が始まり、東京・多摩地域から大手町方面への直通電車「多摩急行」の運転が廃止されたのだ。そのため、今は代々木上原駅などで東京メトロ千代田線の電車に乗り換える必要がある。
不動産調査会社のトータルブレイン(東京・港)がまとめた首都圏の主要35路線の鉄道沿線力の調査では、小田急線の輸送力は2位だったが、総合順位は13位。「アクセス力」の16位で大きく順位を下げたかたちだ。やはり東京の軸が動き始めている。
同社は働く人の「職住近接」志向の高まりを受け「(駅には大手町などへの)都心直結のアクセス性の高さがより強く求められる」と、アクセス力の重要性を指摘している。小田急線は新宿に行くには便利になったが、東京駅方面のアクセス力が弱く順位が低かった。
小田急線の複々線事業を紐解けば、東京五輪があった1964年に遡る。東京・世田谷から多摩にかけて沿線人口が増え、同じ年の12月、混雑解消のために都市計画が決まった。約3200億円を投じて複々線化が次の東京五輪の直前に完了した今、アクセス力の弱さが指摘されるのはなんとも皮肉である。
小田急の星野晃司社長は「まずは新宿までの輸送力を高める」と語る。「小田急百貨店」「新宿西口ハルク」などの大型の商業施設を持つ新宿駅西口の再開発を予定しているが、ターミナル駅の再開発には巨額の投資と時間がかかる。具体像はこれから。
首都圏の大手私鉄は世田谷区や杉並区から山野が広がる西の地域に鉄道を敷き、沿線に住宅地を造成した。都心への通勤客を大量に運ぶ輸送モデルは、長時間の満員電車に揺られる「痛勤」とまで揶揄された。
■「池袋ターミナル組」が苦戦
日本民営鉄道協会(東京・千代田)によると、首都圏大手7社の輸送量(輸送人員×輸送距離)は2017年3月期で合計622億2700万人キロメートル。リーマン・ショック直前の08年3月期と比べて3.1%増加した。
実は、そのなかでもばらつきがあり、成田空港に直結し、訪日客増の恩恵を受ける京成電鉄は10%も伸びた。
一方、ターミナル駅の一つを池袋にしている西武鉄道と東武鉄道はマイナス。西武は18年に辛うじてプラスに転じたものの、0.5%増。両社ともに池袋から東京駅や大手町駅に直接アクセスできる路線を持っていないからである。
働き手の意識が変わって長時間の通勤を敬遠するようになる中、オフィスの集積が東京の東に移っていることは沿線住民の獲得に大きな逆風だ。そこに人口減が加われば、経営の屋台骨を揺るがしかねないのだ。
田園都市線や東横線の沿線を高級住宅地として開発してきた東京急行電鉄は非常に強い危機感を抱いている。19年9月をメドに鉄道事業を分社化し、不動産事業などは本体に残すと言う。
東急は3月に発表した中期経営計画で、沿線の主要駅に住宅や商業機能に加えて働ける場所を設ける方針を示した。成功例は楽天が本社を移し、15年に全面開業した二子玉川(東京・世田谷)の「職・商・住」一体施設である。就業人口はここだけで1万人増えたとみられており、08年3月期比で輸送量が9.4%増となることにも大きく貢献した。
同社は現在、ターミナルである渋谷駅周辺の6カ所で再開発を進めており、22年度までに1350億円を投じる計画だ。地上47階建てビル「渋谷スクランブルスクエア」が19年度に開業すれば、渋谷全体で計画されている工事の8割が終わることになる。
かつての私鉄のターミナル駅の開発は商業施設を中心にしたにぎわい創出が主目的だった。だが渋谷の開発は働く場所を増やすことに主眼を置いている。先行して17年4月に開業した地上16階建ての複合ビル「渋谷キャスト」にはオフィスだけではなく、13~16階に住居機能も備える。ワンルームから3LDKまで計80戸を用意し、渋谷のベンチャー企業で働く人らの居住を想定している。
16年5月からはサテライトオフィスの展開も始められた。同社の幹部は「オフィスを沿線に設けると乗車の機会が減って減収になるかもしれない。しかし、働き方改革という時代の流れには逆らえない」と指摘する。
■京王もサテライトオフィス展開
小田急も海老名駅前(神奈川県海老名市)に26年の事業完了をメドにオフィスビルなどを建設している。町田駅でも同様に再開発を進めていくと言う。
東京駅や大手町駅に直接乗り入れる路線がない京王電鉄であるが、同社も10月17日、京王多摩センター駅前(東京都多摩市)にサテライトオフィスを設ける計画だ。約260平方メートルのフロアに93席を用意。料金体系は月極や利用時間単位(1時間400円)など、幅広いサービス形態を提供することになるという。
12年に東京電力の不動産子会社を買収。沿線に中古マンションを整備し、都心の高級物件よりも安いことを売りにする。主に若いファミリー層に職住近接の環境を提供する。
私鉄各社が沿線に設けるオフィスの規模は東京の東に続々と開業するオフィスビルに比べると小さい。だが職住近接時代で需要を取り込むには、働く場をつくる取り組みの積み重ねは避けて通れない。大量輸送時代からの発想の転換が求められる。