リーマン後、銀座に脱・高級の新顔続

「あそこに見える土地が銀座のリーマン・ショックの象徴だった」

銀座1丁目の表通りに面した土地を指さして言った。

文明堂銀座店(東京・中央)の会長で、商店会などでつくる全銀座会幹部の岡本圭祐氏(64)である。

商業ビルが立つその土地はリーマン・ショック直後、開発を計画して土地を取得した企業の資金繰りが悪化し。目抜き通りの一等地が約3年間空き地のまま塩漬けになった。

銀座の街並み

「銀座はビルや土地が空いても半年前には次が決まるのが当たり前。初めて見た光景だった」という。

 

日本の代表的な商業地の東京・銀座。街は時代の景気に左右されながら変遷してきた。

 

1990年代には金融危機で中央通り沿いなどを賑やかしていた銀行が相次ぎ撤退。代わりにカルティエ、ルイ・ヴィトンなどの高級ブランド店が進出した。それがリーマン・ショックの時期を境に、賃料の下落などを背景にして「GAP」や「H&M」をはじめファストファッション店が増加。その後もドラッグストアや家電店、コンビニエンスストアなど「脱・高級」の新顔が続々登場した。

 

国土交通省の公示地価では銀座で最も高かった4丁目の地点は、2008年の1平方メートルあたり3900万円をピークに毎年下がり続け、12年には2700万円まで下落。不動産サービスのCBREが試算した中央通りなど中心街の想定成約賃料も08年末を100とすると、11年第2四半期には83まで低下した。

 

「リーマン・ショックの経験があったからこそ、より打撃の大きい東日本大震災を乗り越えることができた」と語る。

 

文明堂銀座店は08年当時、勝どきにあったカステラの製造工場の移転を計画していた。千葉県船橋市に勝どきより3倍広い土地を確保したのだが、消費低迷による売り上げや贈答需要の減少をにらみ、品質の向上を優先して、旧工場と同じ規模にとどめた。

 

「手を出してはいけないのは大量生産。拡張し雇用を増やしていたら、売り上げが3割減った震災後に稼働率を高めようと迷ったかもしれない」と。

 

船橋工場は食品衛生管理の国際基準「危険度分析による衛生管理(HACCP)」に準拠した体制である。焼き上がったカステラを寝かせるのに使う「番重(ばんじゅう)」と呼ばれる木箱には吸湿性の高い木材を使うなど、品質やと安全性にこだわる。

 

リーマン・ショック後に高額消費の勢いが衰えたものの、足元では息を吹き返している。その象徴が17年に森ビルなどが松坂屋銀座店の跡地に開発した複合商業施設「GINZA SIX(ギンザシックス)」だ。

 

約240のブランドのうち半分以上が日本での旗艦店である。銀座初の観光バスの乗降所や、訪日外国人向けの観光案内施設も入る。開業1年で2000万人が来館。東京メトロ銀座駅の利用者は1日あたり7400人増加した。

 

「訪日客だけでなく、一時期足が遠のいた高級志向の銀座ファンが街に戻ってきた」

 

地価はリーマン・ショック前の水準を回復し、18年は東京圏の上昇率の上位3地点のうち銀座からは2地点が入った。

 

「街の資産価値が高まるのは良いことだが、地価が上がり過ぎると賃料を負担できない店も増える。景気の波を乗り越えてきた老舗も実需でにぎわう街であり続けたい」と締めくくった。

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