東京再生 再開発糧に進む東京一極集中

2018年(平成30年)3月に開業した複合商業施設、東京ミッドタウン日比谷。

開発したのは三井不動産。かつて日比谷にあった鹿鳴館の舞踏会をイメージして、外観を曲線で仕上げている。

来館者数の年間目標は1200万人だが、半年で突破した。

 

ミッドタウン日比谷

(ミッドタウン日比谷)

【平成の30年間で最も変貌した都市、東京】

バブルで地価が高騰して都心から人口が流出したが、バブル崩壊により東京圏の商業地の地価は4分の1まで下落。金融機関の不良債権問題の要因になった。景気低迷で一部の大手企業は本社を都心から移転するなど、平成の最初の10年間、東京は都心の空洞化に苦しんでいた。

その最たる例が東京・丸の内だ。1990年代、ビルの有力テナントが相次いで流出。「黄昏(たそがれ)の丸の内」とも囁かれた。当時の三菱地所社長、現名誉顧問の福沢武氏は、当時を振り返ってこう語った。「絶望的な気分だった。テナントの転出が相次ぎ、賃料も引き下げなければならなかった」。

【2001年・小泉純一郎政権誕生、東京は転機を迎える】

内閣に都市再生本部が発足し、都市再生は内政の最重要課題に位置づけられた。

規制緩和を旗印に、容積率の緩和で再開発を促す都市再生特別地区が創設され、都心の大型再開発が動き出した。

2002年に丸の内ビル(通称:丸ビル)を建て替えた三菱地所が、丸の内一帯の再開発に乗り出した。東京都も、離れた場所に容積率を移転できる制度などで支援。東京駅で余った容積率を使い、新丸の内ビルなどの超高層ビルを建設した。

都市再生特区で都内に生まれたビルの延べ床面積は東京ディズニーリゾート4個分の約400ヘクタールに達する。平成元年(1989年)にはおよそ50棟しかなかった高さ100メートル超の高層ビルが林立し、2018年には約500棟まで増えている。

【首都の復権で変わる人口動態】

東京圏の転入超過数はバブル崩壊後にマイナス(転出超過)になったが、小泉政権期に10万人を回復。

2008年のリーマン・ショックで一時的に落ち込んだが、足元では10万人超えが続いている。全国の人口に占める東京都の割合もバブル崩壊後の9.4%を底に上昇に転じ、17年には10.8%となった。平成最後の10年は、更に都心回帰が強まっている。

例えば東京都中央区。

中央区の人口は、90年代に7万人にまで落ち込んだが、2018年には16万人を突破。今後は人口流入を抑制する方向にかじを切る。

【空洞化防止から一極集中回避へ】

東京一極集中には課題も多い。都心は保育所が足りず、待機児童対策が急務になっている。小学校や高齢者施設が不足する地域もある。

その一方で、地方は人口減少が加速している。

東京の繁栄とは裏腹に衰退が進み、地域社会の維持すら困難になりつつあるのだ。

 

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