東京の街コラム|第44回 住みよい街だが高齢化と向きあい、ビジョンにかける北区
住環境は悪くないのに注目度が低い北区が抱える問題とは
23区の北部にあり11番目の広さを持つ北区には、自然があふれています。区内には鉄道路線が多く、どこからでも最寄り駅へ徒歩で行ける便利さがあります。
水源が豊富で交通アクセスが良かったメリットを活かし、1875年に製紙会社が操業を開始しました。その後すぐに軍の工場が建ち、「軍都」として急速に発展した北区は、終戦後は軍施設の跡地に大規模な団地が次々と建設され人口が増加しました。
1965年時点で45万2000人だった人口は、その後工場の移転などの影響を受け減少へと転じ、2010年には33万4000人となり、23区中、最も人が減ってしまった区となりました。
住民の入れ替わりが活発ではなかったために、高度成長期に移り住んだ人たちがそのまま住み続けた北区は、現在23区でも50歳以上と65歳以上の住民比率が23区内で最も高く、高齢化率ナンバー1の区となっています。
そして30~44歳の子育て世代の割合も22位、15歳未満の子ども人口比率も17位と低迷しています。
西側の高台から東側の低地に向かって流れる川、湧き水、滝など、水に恵まれ自然にあふれた環境であることに加えて、美術大学ゆかりの芸術家が多く輩出したこと、日本文学を代表する作家が多く住んでいたこと、都心への交通アクセスが便利という数々の利点があるにも関わらず、人口自然増加率が22位、出生率が21位と低迷しているのは、ひとえに「北区」という名前の魅力の無さだという意見もある中、2020年東京オリンピック開催が決定し、湾岸エリアの賑わいの波に乗って区の活性化を進め人口を増やす新しい政策が期待されています。
その実現には、老朽化した団地のリノベーションを進め、これから子育てを迎える年齢層を呼び込むことが急務だと言えます。
北区が誇る歴史や文化の数々
現在目立たぬ区になった北区は、昔から注目度が低かったわけではありません。
北区の発展のきっかけは、1875年に操業を開始した製紙会社にさかのぼることができます。
「製紙の町」として知名度を上げ、1887年には第一師団工兵大隊が設置され、軍関係施設や軍需工場が集積していきました。
戦後を経て、1970年代に入ると大工場の区外移転が進み始めます。これに伴い、その跡地には団地が建設され、たくさんの人たちが住むようになりました。北区では、現在でも総住戸数に占める公的賃貸住宅の割合は16.7%で、23区第2位にランクインしています。
移転した軍関係の工業技術は、北区や隣の板橋区で光学機器や精密機器、化学、薬品、火薬の製造へと発展しました。
現在北区に残っている工業の中には、1876年に開設された国立印刷局の王子工場と滝野川工場があり、この2工場では紙幣の印刷を行っています。
この2工場が、北区における製造業従業者1人当たり出荷額と付加価値額1位に大きく貢献しています。
北区には「文士村」と呼ばれた地域があります。1887年に国立東京藝術大学が開校し、現在の北区田端近辺には多くの文士や芸術家が集まりました。
近代陶芸家として初の文化勲章を受賞した板谷 波山(いたや はざん)が、この地に窯を作り、その後芥川龍之介や室生犀星が移り住み、続々と有名な作家が田端にやってきました。
作家たちは田端付近に集まり、次々と文学組織を立ち上げ、同人誌を発表し活発に活動するようになりました。
北区の田端文士村記念館には当時の文士たちに関する展示がされています。
明治以降、多くの住民の日常生活を支えた商店街は今も健在で活気にあふれています。また路面電車沿いの桜並木、美しい公園、祭りなど町並みの良さ、鉄道駅の多さに加えて保育サービス充足率が3位、学童クラブの登録率も5位と子育て支援の環境が充実しており、住むメリットがたくさんある北区は生活の利便性がとても高いエリアと言えます。
再生をかけたイメージ戦略:"KISS"の概要
近年23区への人口集中が始まったのを機に、北区では区の活性化を目指す戦略の1つとして「地域イメージ」資産の形成を掲げました。
この活動は、"KISS"(Kita-ku Image Strategy & Scheme = 北区イメージ戦略ビジョン)と名づけられました。 区の知名度が低い、区の名前そのものが良くないといったイメージの悪さを払拭するために、自然にあふれた環境や、都心部への移動アクセスが便利といった北区に住むメリットを積極的に首都圏に住む若年層やファミリー層を中心に情報発信するものです。
この戦略の柱となるキーワードは、「交通」「さくら」「ネサンス=誕生」の3つです。
これらは北区の「強み」であり、これらを北区の魅力に結び付けて区のイメージアップを図るのがKISSの概要です。
第1の「交通」では、23区内でJRの駅が最多であること、地下鉄や都電も含めれば、区内はほぼ全域が駅まで徒歩圏ということを活かし、既存路線の延伸などを主とした交通アクセスの充実を図ります。
2番目の「さくら」は、全国的に有名な飛鳥山のさくらを強くアピールして、自然があふれる北区のイメージの定着を進めます。飛鳥山公園再整備や荒川などのリバーフロント整備を行い、首都圏のオアシス的存在として魅力アップを目指します。
3番目の「ネサンス=誕生」では、ルネサンスの「再生」と誕生の2つを合わせて、これまでに北区で生まれた文学作品など、既存の文化遺産に加えて、自治体が音楽コンサート開催や演劇人の養成に関わり、新たな文化を創造するものです。
オリンピックブームにかき消されること無く、これらのイメージ戦略が、首都圏の人たちに浸透すれば、海辺に集まった視線を山側へ向けることができるかもしれません。
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